今、注目のベンチャースピリット
ひとり4役をこなす吉田万里子の「熱き思い」
吉田万里子、プロレスラー。そして自主興行「息吹」のプロデューサーであり、所属レスラーをまとめるマネージャーでもあり、若手育成の“吉田道場”ではコーチ業もこなすというひとり4役のスーパーウーマンだ。
吉田万里子氏
息吹を立ち上げたのは05年の6月5日。以来、9月23日の興行まで17回の開催を積み重ねてきた。その間、業界内では高い評価を受け続けている。いわく「息吹の継続が女子プロ界に新たなるムーブメントを巻き起こす」「低迷の女子プロレス界で息吹はなぜ、輝けるのか! ?」等々。その人気の秘密を探ってみた。
リングを紙テープで埋め尽くしたい!
吉田万里子がプロレスラーとしての道に入ったのは1988年のこと。当時、女子プロレスの世界ではライオネス飛鳥と長与千種のクラッシュギャルズが一世を風靡していた。レコードを出せばミリオンセラー、ふたりが試合前に歌を披露するとリング上はカラフルな色の紙テープで埋め尽くされた。
広島県の尾道で高校に通っていた吉田は、クラッシュギャルズの勇姿をテレビで見ていた。ふたりがリングで繰り広げる若き魂の迸りに憧れていた18歳の少女は、名門・全日本女子プロレスのオーディションを受けた。3千分の1の狭き門を「幸運にも」(本人談)くぐり抜けた先には過酷な練習漬けの日々があった。それから19年の歳月が流れた。少女だった吉田は大人になり、レスラーとしてのキャリアも最終章を迎える年齢になってきた。しかし、吉田のプロレスへの情熱は衰えを知らなかった。「いま、女子プロは人気がありません。でも、応援してくれる人がいて、そして、レスラーになりたいと門をたたいてくる女の子がいる限り、私は彼女たちの夢を叶えてあげたいという気持ちになるんです。私がクラッシュギャルズに憧れる、夢見る少女だったときと同じ気持ちを大切にしてあげたいんです」
ぜひ、リングに向かって大きな声を出してください!
女子プロに入門した当時を振り返り吉田は言う。
「リングの上でスポットライトを浴びるのはなんともいえない快感なんです。若い子たちにもあの快感を味あわせてあげたいから、今の4役をなんとかこなせているんだと思います」
そして息吹を続ける理由を次のように語る。
「私がこれまでしてプロレスを続けようと思うのは、待っていてくれるファンがいる、この一言に尽きます。見てくれる人がいる限り、私は挑戦し続けますし、4役だってこなせます」

NAO選手(写真左)はまだ18歳。若手に加え、モンゴル出身の選手もいる。息吹のレスラーには、アマチュアレスリングの選手も在籍する。写真右は'90、'91年レスリング世界選手権2連覇した成国晶子。中央の本橋裕子もレスリングの選手だ。
吉田 万里子 プロフィール
S45年2月15日生/広島県御調郡出身。 163cm64kg
デビュー戦:S63年10月10日対脇恵衣子
団体歴:全日本女子(S63~ H9)/アルシオン(H9 ~H15)/AtoZ(H15)/フリー(M's style)(H16 ~ )
タイトル歴:初代クイーン・オブ・アルシオン/ツインスター・オブ・アルシオン/CMLL世界女子/全日本シングル/全日本タッグ
スポーツ歴:体操、バスケットボール
・チケットぴあ:0570-02-9977
・後楽園ホール:03-5800-9999
・チケット&トラベルT-1:03-5275-2778
・Big Blue:03-3435-2883
・息吹オフィシャルホームページ お問い合わせ
・吉田万里子ホームページ
・吉田万里子のブログ『蜘蛛絡み雑記帳』
[2007年10月 7日]


